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2010年11月16日 火曜日

命をかけて闘う男達のドラマ

ビッグイベント・鈴鹿8耐 

格闘技には多くのロマンがあります。
私もそのロマンに魅せられた一人です。
読者の皆様は、格闘技の神髄をフルコンタクトKARATE からいつも吸収されていると存じます。
さて、今回は格闘技という枠を超えて闘う男たち(2009年は女性ライダーも登場しました)の熱い戦いと命をかけて走るトップライダーにスポットを当ててその実態とドラマをご紹介させていただきます。

今回は科学的なトレーニング・ケアの域を超えて命をかけて闘うアスリートのドラマにスポットを当てました。
2009年7月26日に行われる 鈴鹿8時間耐久ロードレースには、過酷なレースを走りぬこうとするライダーが世界から集結します。

鈴鹿8時間耐久ロードレースは名前の通りオートバイによる8時間の耐久レースで、1978年から開催されています。1980年からは世界耐久選手権レースの1戦として組み込まれ、1980年代には国内のバイク人口のピークと相まって大いに盛り上がりました。その頃に比べ二輪車販売が大幅に減少した今もなおロードレース界における夏のオートフェスティバルとして国内有数の集客を誇るモータースポーツビッグイベントです。

かつては世界を目指す若手ライダーの登竜門的な存在でした。ケビン・マギーらは、鈴鹿8耐の活躍でWGPの切符をつかみました。ワイン・ガードナーは、無名時代の1981年に初出場ながらポールポジションを獲得したことで名を知られることになりました(WGPデビューは1983年)。そうして成長を遂げた彼らの海外における活躍と相前後し、WGPを退いて間もないケニー・ロバーツと全日本の第一人者平忠彦によるコンビ結成(1985年)も大きな話題となり、以後国内4メーカーが威信を懸けてWGPやスーパーバイク世界選手権からトップライダーを送り込んだため、1980年代中盤~1990年代の8耐はさながら「レーシングライダー世界一決定戦」とも言うべき活況を呈していました。

しかし、近年は、MotoGP(旧・WGP)との日程重複、レースの過酷さによる消耗を嫌がり外国人ライダーの参戦が減少傾向にあるものの、レギュレーションの変更などにより全日本選手権等を戦う日本人のトップライダーによって以前に勝るとも劣らない熾烈な戦いが繰り広げられています。
この戦いに私どもも過去3度 チャレンジしました。
以前、このコラムでお伝えしましたように1985年 ワイン・ガードナーとのペアで日本人初優勝を飾った徳野政樹選手を擁しての参加でした。
結果は散々でしたが、ライダーのサポートとケア、レースへのチャレンジで多くを学びました。

2009年夏。
 縁ありまして 2007年に王者に輝いた 秋吉耕佑選手のトレーニング指導、サポート、コンディショニングを行わせていただくことが決定したのです。同時に、ペアの伊藤真一選手のコンディショニング、ケアも行うことになりました。伊藤真一選手は42歳のベテランライダー、鈴鹿8耐過去3回の優勝経験、7回のポールポジション獲得、全日本ロードレース選手権最多優勝 28勝(2008年シーズン終了時)を誇る国内屈指のトップライダーです。

炎天下で8時間最高時速300キロ弱で走る過酷なスポーツを35歳の秋吉選手と42歳の伊藤選手ペアが戦います。
これまでの実績、春に行われた300キロ耐久レースでは優勝という結果から優勝候補筆頭に挙げられていました。

奇跡の走り

2009年7月24日 予選では秋吉耕佑選手、最速タイム。
2009年7月25日 トップ10トライアル、予選トップのライダーがポールポジションをかけて闘います。
 秋吉選手は、トップ10トライアルで私と一緒に慰問ライブ活動をお手伝いしていただいていますシンガーソングライター 大矢たけはる氏の 道 というテーマ曲に合わせてライディングしました。大矢たけはる氏は2005年5月 メジャーデビューを果たしております。彼はアスリート支援のため多くの楽曲提供を行っています。
音楽をアスリートへ贈る。
音楽がアスリートへエネルギーや勇気を与えてくれますね。
秋吉耕佑選手 唯一の 2分7秒台のトップタイムでポールポジション獲得。
一人だけ次元の違う走りを見せてくれました。

予想されていた結果とはいえ あまりの順調な仕上がりと結果に不安すら感じました。

2009年7月26日 決勝当日

ポールポジションからの単独ダッシュに成功。
ぶっちぎりのタイムで2週目に入った秋吉選手がなんと転倒。
マシーンにも大きなダメージ。かろうじてマシーンを起こしてピットへ向かう時に2度目の転倒。

 大きなダメージを受け、エンジン他の機器へ砂利がはいったマシーンをメカニックたちが必死に修理。秋吉選手も身体に大きなダメージがないか、とても心配でした。このままではリタイアの危機。メカニックが必死で大きく破損したバイクを修理しました。

しかし、大きな怪我もなく打撲だけで復帰。20分以上遅れて再スタート。
当然、大きなタイム差を背負った 最下位。ここから快進撃が繰り広げられました。
秋吉選手がいきなりファーステストラップをたたき出し、トップチームよりはるかに早いタイムで順位を上げていきます。
 天候が不安定で晴れたり雨が降ったりしていました。路面が雨で濡れてきても秋吉選手はスピードを緩めません。大雨が降ってくる中、驚異的なタイムで周囲を驚かせています。土砂降りで前がほとんど見えない状況でトップチームより20秒も早いタイム。雨の中で最高時速 288キロを計測。もし転倒がなければぶっちぎりの優勝となったに違いありません。雨の中を猛スピードでライディングすることは転倒の大きなリスクになりますが、優勝が絶望的になった彼にはもう攻めるしかありませんでした。

4時間後には最下位58位から 26位。4時間半後には19位。
あきらめない走り。
このときトップチームより1周20秒も速い走りを見せていたのです。
どんなに差がついても絶対にあきらめない、最速の走りを見せる。
ダントツの走り、6時間半後には 11位。
この時、雨でセーフティーカーが4度も入り、せっかくの驚異的な追い上げも・・・
 前が全く見えないよ と チームスイートへ帰ってきました。チームスイートではエアナジーでコンディショニング。体調は万全。転倒が惜しまれますが、最速の走りと追い上げを見せつけた秋吉選手のパフォーマンスはプロとして素晴らしいライディングでした。
40代で活躍するライダーは少なくありませんが、待機中は、水分補給やエネルギー補給に十分な配慮を行い、体調管理にどのチームも注意を払っていました。裏方スタッフの強力な支えでレースへ復帰した彼も全員の願いをこめて最後まであきらめない驚異的な走りを見せてくれたのです。
7時間後 10位。
最終、9位でチェッカー。
 つまり絶えず最速ラップでおよそ50台をごぼう抜きした結果でした。
優勝は逃しましたが最後まで絶対にあきらめない、最高のパーフォーマンスをプロとして行う。
自分の人生にも大きな勇気を与えていただけたレースでした。

 皆さんは鈴鹿8時間耐久ロードレース観戦へ足を運ばれたことはあるでしょうか?格闘家同様の闘争心がライダーにはあります。普段は優しくおとなしい感じの 秋吉耕佑選手、伊藤真一選手、バイクに乗ると全く変わりますね。

気合い、根性、闘争心。

科学トレーニングより奇跡を起こす日本人格闘家の神髄です。

奇跡の逆転

大きなハンディを背負った時、スイッチがはいって強力な身体能力になることがあります。
一人の無名なプロボクサーが起こした奇跡を少し紹介させていただきたいと思います。
 大橋弘政選手(HEIWA)が2009年6月21日 愛知県産業貿易館でロリー松下(カシミ)の持つOPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王座に同12位として挑戦しました。
トレーニング指導とケアさせていただいていますプロボクサーから大橋選手がタイトル獲得に向けて指導とケアを希望されていると依頼され引き受けさせていただきました。
大橋選手は19勝(13KO)8敗3引き分けと平凡な戦歴でした。
最近、やっと日本ランキング入りを果たしたのです。
デビュー戦には私がトレーナーを務めるジムの選手に2ラウンドKO負けしたのです。私自身、大橋選手の試合をこれまでも数多く見てきましたが東洋太平洋タイトルマッチに挑むほどの選手になるとは予想もしていませんでした。
しかし、彼の努力が着実に力を伸ばしここまで7連続KO。
1ラウンドから世界ランカーで最強東洋太平洋王者のロリー選手に滅多打ちにあい会場の誰もが大橋選手の1ラウンドKO負けを予想していました。
ロリー選手の的確な強打とスピードに大橋選手は全く歯がたたないのです。

右瞼が大きく切れ何度もドクターチェックが入りいつ試合を止められてもおかしくありませんでした。
実は、1ラウンドのロリー選手が放った強打で大橋選手の眼底は大きく骨折し目を動かす筋肉が挟まって 2重にしか見えない状態だったのです。
ブロウアウトフラクチャーという打撃系格闘家にはつきものの怪我でした。
試合後、大橋選手はロリー選手に右目を狙われて強打されるたびこれまで経験したことがない激痛が目から頭が割れるほど襲った。と語ってくれました。
この辛さに 大橋選手自身 いつ倒れようか決めかねていたようでした。
会場は大橋選手の応援団で彼に大きなエールを絶え間なく送っていました。
エールもむなしく大橋選手はボディ、顔面を的確にダメージを与えられていきました。
しかし、滅多打ちにあっても前に出る姿勢を崩さず 強打に手数で対抗。
ついには5ラウンドから防戦一方が攻めに転じました。
これほどのダメージを受けてどうしてまだ戦えるのか?
会場の誰もが思ったことでしょう。

ポイントで大量リードを許しましたが7R1分50秒、8試合連続となる劇的大逆転KO勝利を収めて同王座を獲得したのです。会場は興奮の渦に包まれました。
私が観戦したプロボクシングの試合で最も素晴らしい感動的な試合でした。

この日は 父の日。大橋選手のお母さまは彼が3歳の時に他界。男手一つで育ててくれた父親に報いることができたとリング上でチャンピオンベルトを掲げ泣いていました。素晴らしい父の日のプレゼントでした。
魂の闘いを制した大橋選手はリングの上で一際輝いていました。

試合、翌日40度の高熱でダウンし緊急入院。
脳や網膜には異常がありませんでしたが、眼底骨折が判明しました。
専門医療機関で2度の手術を受け現在は復帰準備中です。
対戦者のロリー選手も両手首の骨をこの激闘で骨折したとの情報があります。
いずれにしても絶対に最後まであきらめない、折れない心。
アスリートの最も大きな武器ではないでしょうか。

パフォーマンスで人生を語る

アスリートのトレーナーとして筋書きがないドラマを体験していくうちにアスリートのパフォーマンスはまさしく人として生きる人生を語ってくれるということに気が付きました。

秋吉耕佑選手は今回の鈴鹿8時間耐久ロードレースでは期待の結果ではありませんでしたが多くのファンに国内最速、最高のライダーということを十二分にアピールできたと思います。
プロアスリートは結果以上に観客やファンに感動を与える。

(2009.7)

この2人のアスリートを微力でも応援できましたこと誇りに思います。

 



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