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2010年11月16日 火曜日

元日本最速 生涯現役 青戸慎司 40歳でも10秒台

エナジーカラー、アンチエイジイングで復活!!

 今回は、最新治療・トレーニングの詳細をお伝えする前に根本的なアスリートの現状とスポーツをとりまく環境に関してお話をしたいと思います。
格闘技界も厳しい環境下で精進されている格闘家がいかに多いことでしょうか。
今回は一人のトップアスリートの取り組みを紹介させていただきましてスポーツ界へ問題提起してみたいと思います。

私がアスリート指導、ケアをスタートさせたきっかけは8年前に元五輪選手、青戸慎司氏と偶然出会ったことです。
私に陸上部を創設させた張本人です。
ニュースステーション、NHKでも実績が特集された地元の英雄的存在。
夏2度の陸上男子100M日本代表選手として五輪出場の後、日本人男子初の ボブスレー日本代表として冬季五輪出場。
いかに青戸選手の身体能力が優れていたかがわかります。
 40歳 現役スプリンターの青戸氏は、さかえクリニックTCのコーチとして 日々鍛錬に励みます。
また、自ら現役スプリンターとして。
エナジーカラー 赤  センスの走りを追及する彼は、従来の短距離選手特有のウエイトトレーニングからセンスの走りを活かすトレーニング法へと切り替えました。
その結果、アキレス腱の痛みより解放され再び グランドに戻ってきたのです。
しかし、練習環境を含めた数々の問題が彼の前に立ちはだかっています。
ボブスレー日本代表となり長野五輪へ出場した時も大学職員を半年間、休職してオリンピック選手になるため世界を転戦しました。
もちろん、転戦費用はすべて自己負担。
この間、一切の収入は途絶え自分の夢を実現するための大きなリスクを自ら背負うことになったのです。
アスリートを取り巻く日本の現状はとても厳しいものです。
経済状況が最悪の現在、ますますスポーツ界への影響は悪化していくことでしょう。
オリンピック日本代表の現役引退後の末路は悲惨なケースを皆さんはご存知ですか?
アマチュアだけではありません。プロ選手も同様です。 
運送会社への就職、土木作業員、水商売、飲食業、保険の外交ならまだましです。
ネットワークビジネスで悪徳商法に加担させられたり広告塔にされたり。
怪しげな物販の営業。
プロ野球選手の平均引退年齢も26歳ほど、つまり現役在籍期間の平均は6年程度なのです。
その多くは1軍の出場機会に恵まれずプロ野球界を去っていくのです。
テレビで活躍する選手はほんの一握りです。
私は、多くのプロ野球選手の末路を見てきました。
現役時代に年収数千万円が一瞬に無職になり途方に暮れる。
社会へいきなり放り出され次の職も決まらない...
26歳という年齢は一般社会で、社会人としての研修が終わりこれからスタートという年齢です。
この年齢で自分の幼いころからの夢が実現したと思った矢先に消える。
残酷なプロの世界です。
全ての人生や生活を野球にかけてきた一握りの天才もこの運命を受け入れることができるのでしょうか?
もちろん、プロ野球選手以外のアスリートの現状はもっと悲惨な場合も多いですね。
格闘家は本当に大変ですね。
空手だけで生活が成り立つのか?
プロボクシングだけで食べていけるのか?
皆さんがご存じの通りです。
 プロといっても本業があり仕事以外の時間でトレーニングを行い、試合に臨みます。
格闘家は試合で肉体的ダメージも大きく、場合によっては試合の怪我で長期入院する可能性もあるのです。
アマチュア選手は企業に所属して企業の潤沢な資金に養護され試合へ臨む選手もいますが、日本代表としてオリンピックで入賞以上を望める選手ばかりです。
いや、メダルを取っても競技がマイナーであればスポンサーすら付かないのです。
自腹で海外遠征。
日本代表でも自己資金でワールドカップを転戦することも現実にあるのです。
こういた現状は、メディアで伝えられる機会は稀です。
アスリートの華々しさだけがクローズアップされていますね。
プロボクシングの世界も肉体的ダメージが大きいわりにはファイトマネーも少なく現役でボクシングだけで十分な生計を立てているプロボクサーは日本に数名ではないでしょうか。
過酷な減量、残る脳へのダメージ、網膜はく離や外傷性白内障による失明の恐怖。
本来、健康を増進する意味合いが強いスポーツも本格的に行うとかえって健康を損なう。
こんなことがあってはいけませんね。
トップアスリートは過酷なトレーニングで身体に限界までの負荷をかけます。
このことは後々、必ず何らかの障害を身体へもたらすのです。
だからこそ、必ず身体ケアをしっかり現役中も引退後も行うべきです。
車でも長く性能を維持させるにはメインテナンスしますね。
無理に長距離を走らせるだけではすぐに性能が低下してしまいます。
メインテナンスにはお金がかかります。
経済的には恵まれないアスリート。

アスリートの現状を打破すべく青戸氏は立ち上がりました。
青戸選手が生涯、走り続けることで多くの事が多くの人へ伝えることが出来ます。
私は彼と一緒にオリンピック選手の育成、故障や企業の犠牲になったアスリートの保護を行い、社会へ一石を投じようと誓いました。

 陸上部だけでなく、プライベートでボブスレーチームを支援し 日本代表チームが さかえクリニックボブスレーチームとして日本ボブスレー選手権大会で優勝 しワールドカップ遠征をおこないました。このときブレーカーというボブスレーのエンジン役を務めた選手はクリニック陸上部の選手でした。(ワールドカップ 転戦の大部分の資金は私が個人で負担しました。)
ヨーロッパではスイス銀行のような名だたる大企業がスポンサーに付いて数千万円の資金提供を行っているようです。
氷上のF1と称せられる ボブスレー。
日本ではマイナー競技の一つで誰も目もくれません。世界とはF1とゴーカート程のマシーンやソリの性能の差があるのです。

ソルトレイクオリンピック ボブスレー日本代表も視野に入れていた 青戸選手でしたが経済的理由からトライアルテストで極めて優秀な成績を出したにも関わらず断念しました。

エナジーカラーの存在、アンチエイジングケアの重要性、アスリートの引退後の悲惨な現況、スポーツの楽しさ、新しいトレーニング法、子供達の将来の夢と希望。
サラリーマン・アスリートとして陸上100mの年齢別日本記録に挑戦している青戸氏は、10年以上も右アキレス腱痛に悩まされ、2000年春に左ふくらは ぎ断裂、10月には右ももを断裂と故障が続きました。しかし、さかえクリニックで カラーセラピー、ヒーリング、プラセンタ療法によって劇的に脚が回復。 それを機に2001年4月にさかえクリニック・トラッククラブを創部、選手として所属し年齢別日本記録の更新を目指してハードなトレーニングをスタート。 食事面でも徹底した自己管理を行い、体脂肪率約8%を維持、いまだストイックな生活を送っています。
 スポーツキャスターとしてもテレビやラジオに出演するなど、活動の幅を広げています。ジャンルを問わず多くの人々、特に子供たちにスポーツの素晴らしさ、オリンピックの感動を伝えようと全国での講演活動、実技指導も精力的にこなしています。
現在、日本では、日本代表としてオリンピックに出場しても、人生を賭けて努力したにもかかわらず、正当な評価を得ることができません。日本では、スポー ツや芸術が、まだパフォーマンスとして認められておらず、社会的評価が低いからです。こうしたスポーツ環境を改善するため青戸氏は、気軽に利用できるス ポーツ施設や指導者の地位向上などに力を尽くし、オリンピックでの経験を地域に還元することによって、スポーツ界、日本社会に新しい風を吹き込みたいと考 えています。
青戸選手の競技歴を紹介します。

 

 

主な記録

100m年度
ベスト記録

87年

大2

ユニバーシアード・ザグレブ大会 
4×100mリレー 3位 銅メダル

10秒50

88年

大3

4大学対抗オープン100m 10秒28日本新樹立
日本人初の10秒30の壁を破る
ソウルオリンピック大会4×100mリレー準決落ち
38秒90 アジア新・日本新

 

89年

大4

第73回 日本選手権大会100m初優勝10秒28
ユニバーシアード・デュースブルグ大会参加

10秒28

92年

社3

バルセロナオリンピック100m出場
4×100mリレーでは第一走者を努める。
60年ぶり入賞(6位)38秒77 アジア新・日本新

10秒30

95年

社6

JOC(日本オリンピック委員会・コーチ在外研修)の派遣により
1年間 アメリカ・コロラド州にコーチ留学

10秒69

98年

社9

長野オリンピック・ボブスレー4人乗り16位
日本人男子初夏冬五輪出場(日本人3人目)

 

99年

社10

100m32歳日本記録樹立
中京テレビ「スポーツスタジアム」スポーツコメンテーターとして
1年間出演

10秒77

2000年

社11

100m33歳日本記録樹立

10秒79

02年

社13

35歳日本最高 SM35マスターズ日本新記録樹立 

10秒71

05年

社16

フィギュアスケート浅田真央選手トレーニングコーチ就任
C
BCラジオ「ドラゴンズワールド」論説員

 

元オリンピック選手が、全力疾走を見せる かけっこ塾

「今から元オリンピック選手の走りを見せます」。小学生たちはグラウンドに集まり、青戸慎司氏が駆け抜けていく初めて彼らが目にするすごい迫力の走り。 走り終えた彼が振り返ると、興奮している小学生達が。
「本物の走りを見せたい」。バルセロナ五輪 4×100mリレーで第一走者を務め日本に60年ぶりの6位入賞をもたらした、元日本記録保持者は、生涯現役 スプリンターとして、記録に挑み続けています。節制し、鍛えぬいた身体に、子供達が群がります。「子どもの体力向上キャンペーン」の一環、文部科学省が "トップアスリートを講師に招き、全国各地で体験教室を開催"。「スポーツ選手ふれあい指導事業」。

オリンピック選手のイメージで と、まだ現役選手として走っている彼は、アスリートととしての身体を維持。子供達の前でも、全力で自分の走りを見せる必要 があったのです。オリンピック選手となかなか近くで接する機会はありません。かけっこ教室では、自分の目で見て、一緒に走ったり、身体を触ったり、刺激を 与えます。走ることはすべてのスポーツの基本。青戸氏の走りが子供達の夢や希望をかきたて 将来、アスリートを目指す気持ちが芽生えてくれれば彼にとって 最高の贈り物。

大学卒業当時、実業団から勧誘にも、選手として、練習に打ち込める環境は魅力でしたが、母校職員として働きながら、競技を続けるという道を選択。「実業団 で走れなくなれば、会社を辞めることになり、安定した生活も送れる保証はない」。仕事が終わると母校のグラウンドで練習をして、ソウル五輪に続き、バルセ ロナ五輪にも出場。第一線を退いても「生涯現役」をめざしてトレーニングを継続。その後、長野五輪のボブスレー・日本代表として、日本人男子初の夏冬オリ ンピック出場。

 アスリートとしての体力と気持ちがあるうちは、記録を狙って走り続けたいと彼は考えています。所属していた さかえクリニックで、体は正しくケアすれば、 かなり良いコンディションで長く走ることができることを知ったのです。現役のうちから知っていれば...。そんな経験を後輩達に伝えていきたいと青戸氏は考え ています。

40歳。
今は100mの選手として、40代での世界記録樹立も視野に入れているのです。
北京オリンピックでは朝原選手が大活躍したように年齢的なハンディを克服することは、選手生命には限界があっても伸びるということを知るべきですね。

ヒクソンが40歳を超えてもなお 世界最強の称号を得ているように青戸選手も 是非、マスターズ 日本最速としていつまでも君臨して欲しいと考えます。

生涯現役、3度のオリンピック日本代表選手が私に伝えた言葉です。
このコラムが年齢的に引退を考えていますアスリートに勇気と希望を与えることが出来れば嬉しく思います。
スポーツの素晴らしさを伝えるにはアスリートを支援する環境が絶対に必要です。

 怪我をしても早期復帰できるケアシステムの充実、選手寿命が延びるようなトレーニングシステムの開発、アスリートの現役引退後の仕事・・・
青戸氏はアマチュアでありながら現在もプロ意識を持ってトレーニングに講演、指導、陸上のPR活動に励んでいます。

彼の小さな活動が社会へ大きな変化をもたらすことを期待しています。

頑張れ!!おじさんアスリート達!

 

 



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