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2010年11月15日 月曜日

科学で証明 ヒクソン最強の秘密を完全解明!!No.6

元日本最速 生涯現役 青戸慎司 40歳でも10秒台
エナジーカラー、アンチエイジイングで復活!

引退後のアスリートの悲惨な現況を打破すべく立ち上がった青戸慎司氏

長野五輪 ボブスレー日本代表選考会に臨む青戸慎司 私がアスリートへの指導やケアをスタートさせたのは、6年前に青戸慎司氏と偶然出会ったことがきっかけです。彼はニュースステーション、NHKでも実績が特集された地元の英雄的存在でした。

夏の2度の五輪出場の後、日本人男子として初めてボブスレー日本代表として冬季五輪出場も果たしたのです。いかに青戸氏の身体能力が優れていたかがわかります。

39歳の現役スプリンターの青戸氏は、さかえクリニックTCのコーチ兼選手として、今日も日々鍛錬に励みます。

長野五輪ボブスレー 日本代表として活躍する青戸慎司 エナジーカラーは赤。センスの走りを追及する彼は、従来の短距離選手特有のウエイトトレーニングからセンスの走りを活かすトレーニング法へと切り替えました。その結果、アキレス腱の痛みより解放され、再びグランドに戻ってきたのです。

し かし、練習環境を含めた数々の問題が彼の前に立ちはだかっています。アスリートを取り巻く日本の現状はとても厳しいものです。現役を引退したオリンピック 日本代表の末路で、悲惨なケースがあることを皆さんは知っているでしょうか? アマチュアだけではありません。プロ選手も同様です。運送会社への就職、土 木作業員、水商売、飲食業ならまだましです。ネットワークビジネスで悪徳商法に加担させられたり、広告塔にされたり...。怪しげな物販の営業など、アスリー ト達のセカンドキャリアには何かと注目が集まります。

こういったアスリートの現状を打破すべく、青戸氏は立ち上がりました。青戸氏が生涯走り続けることで、多くの事が多くの人へ伝えることが出来るからです。

さかえクリニックで回復した身体でアスリートとしての挑戦を続ける

アテネ五輪へ さかえクリニックTCメンバーとして 青 戸氏はサラリーマン・アスリートとして陸上100mの年齢別日本記録に挑戦していますが、10年以上も右アキレス腱痛に悩まされ、2000年春に左ふくら はぎ断裂、10月には右ももを断裂と故障が続きました。しかし、さかえクリニックでカラーセラピー、ヒーリング、プラセンタ療法によって劇的に脚が回復。 それを機に2001年4月に創部した「さかえクリニック・トラッククラブ」に選手として所属し、年齢別日本記録の更新を目指してハードなトレーニングを始 めました。食事面でも徹底した自己管理を行い、体脂肪率約7%を維持、いまだストイックな生活を送っています。

またスポーツキャスターとしてテレビやラジオに出演するなど、青戸氏は活動の幅を広げていま
す。さらに、ジャンルを問わず多くの人々、特に子供たちにスポーツの素晴らしさ、オリンピックの感動を伝えようと全国での講演活動、実技指導も精力的にこなしています。

特別講演を行う青戸慎司先生 現 在、日本では、日本代表としてオリンピックに出場しても、人生を賭けて努力したにもかかわらず、正当な評価を得ることができません。それはこの国では、ス ポーツや芸術が、まだパフォーマンスとして認められておらず、社会的評価が低いからです。こうしたスポーツ環境を改善するため、青戸氏は気軽に利用できる スポーツ施設や指導者の地位向上などに力を尽くし、オリンピックでの経験を地域に還元することによって、スポーツ界、日本社会に新しい風を吹き込みたいと 考えています。







<主な記録>

 

87年(大2)
ユニバーシアード・ザグレブ大会4×100mリレー3位銅メダル 10秒50
88年(大3)
4大学対抗オープン100m10秒28日本新樹立
日本人初の10秒30の壁を破る
ソウルオリンピック大会4×100mリレー準決落ち
38秒90アジア新・日本新 10秒28
89年(大4)
第73回日本選手権大会100m初優勝10秒28
ユニバーシアード・デュースブルグ大会参加
92年(社3)
バルセロナオリンピック100m出場 10秒30
4×100mリレーでは第一走者を努める。
60年ぶり入賞(6位)38秒77アジア新・日本新
95年(社6)
JOC(日本オリンピック委員会・コーチ在外研修)の派遣により1年間アメリカ・コロラド州にコーチ留学 10秒69
98年(社9)
長野オリンピック・ボブスレー4人乗り16位
日本人男子初夏冬五輪出場(日本人3人目)
99年(社10)
100m32 歳日本記録樹立10秒77
中京テレビ「スポーツスタジアム」
スポーツコメンテーターとして1年間出演
2000年(社11)
100m33歳 日本記録樹立10秒79
02年(社13)
35歳
日本最高SM35マスターズ日本新記録樹立10秒71
05年(社16)
フィギュアスケート浅田真央選手
トレーニングコーチ就任
CBCラジオ「ドラゴンズワールド」論説員


元オリンピック選手・青戸氏が全力疾走を見せる「かけっこ塾」

バルセロナ五輪 4×100Mリレー 6位入賞 「今 から元オリンピック選手の走りを見せます」。小学生たちはグラウンドに集まり、青戸慎司氏が駆け抜けていく姿を食い入るように見つめます。初めて彼らが目 にする、すごい迫力の走り。一瞬にしてスプリンターが目の前を通り過ぎていく。走り終えた彼が振り返ると、興奮した表情の小学生達がいます。

「本 物の走りを見せたい」。バルセロナ五輪の4×100mリレーで第一走者を務め日本に60年ぶりの6位入賞をもたらした、元日本記録保持者は、生涯現役スプ リンターとして、記録に挑み続けています。摂生し、引き締まった身体に、子どもたちが群がります。「子どもの体力向上キャンペーン」の一環、文部科学省が トップアスリートを講師に招き、全国各地で体験教室を開催している「スポーツ選手ふれあい指導事業」での一場面です。

オ リンピック選手のイメージで、とまだ現役選手として走っている彼は、アスリートとしての身体を維持。子供たちの前でも、全力で自分の走りを見せる必要が あったのです。オリンピック選手はたくさんいますが、なかなか近くで接する機会はありません。かけっこ教室では、自分の目で見て、一緒に走ったり、身体を 触ったり、刺激を与えます。走ることはすべてのスポーツの基本。青戸氏の走りが子供達の夢や希望をかきたて、将来、アスリートを目指す気持ちが芽生えてく れれば彼にとって最高の贈り物なのです。

記録を狙って走り続けたい... 青戸氏は「生涯現役」を目指す

青戸慎司、中田有紀 アテネ五輪出場を祝う 大学卒業当時、実業団から勧誘にも、選手として、練習に思い切り打ち込める環境は魅力でしたが、母校職員として働きながら、競技を続けるという道を選択。 「実業団で走れなくなれば、会社を辞めることになり、安定した生活も送れる保証はない」。仕事が終わると母校のグラウンドで練習をして、ソウル五輪に続 き、バルセロナ五輪にも出場。第一線を退いても「生涯現役」を目指してトレーニングを継続。その後、長野五輪のボブスレー・日本代表として、日本人男子初 の夏冬オリンピック出場を果たしました。

アスリートとしての体力 と気持ちがあるうちは、記録を狙って走り続けたいと彼は考えています。所属しているさかえクリニックで、身体は正しくケアすれば、かなり良いコンディショ ンで長く走ることができることを知ったのです。現役のうちから知っていれば...。そんな経験をも後輩達に伝えていきたいと青戸氏は考えています。

40歳 100M 10秒台を目指す 生涯現役 エアナジーでアンチエイジング 来年には40歳になる青戸選手。今は100mの選手として、40代での世界記録樹立も視野に入れているのです。ヒクソンが40歳を超えてもなお、世界最強の称号を得ているように青戸選手も是非、マスターズ日本最速としていつまでも君臨して欲しいと考えます。

生涯現役、3度のオリンピック日本代表選手が私に伝えた言葉です。

このコラムが年齢的に引退を考えているアスリートに、勇気と希望を与えることが出来れば嬉しく思います。頑張れ!! おじさんアスリート達!

(2006/12)

 



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